日本ではこの対象をカミと呼んだ。
アイヌ族もカミをカムイという共通の語源であり、名称の時代的古さが窺われる。
カミはクマ・クモ・カメなどとも同根と思える。
KとM カミの音
クマは「目の下に隈ができる」、クモは「日や月を隠す」陰や隠す意味。
「目に見えない」「隠れている」ことだろいうか。
熊は山にいて人目に触れない大きな動物。クモは夜這う大グモ土グモ。
カメは時に現れる大海ガメ。何れも信仰や昔話の中に登場する。
多種多様な自然の姿に感性が培われ自然に対するカミ観が日本人の基本となる。
四季の移ろいをこよなく愛し、その感性を自己にも投影する。
後々、民族の変遷にも、失われることなく様々な日本文化として表されてゆく。
弥生期、大陸からの水稲農業到来
日本列島は九州から東北までその農法が拡がる。
人々は手間暇かかる農法を、
この先永遠に繰り返し受け継ぐこととなる。
毎年毎年繰り返される農作業、農地開墾
動力のない時代の苦労はいかばかりであったことか。
しかし、実りの秋に輝く
黄金(こがね)の稲穂は人々に収穫の喜びと、以前にはなかった生活の安定をもたらす。
稲作は人々(家)の基本的生活習慣となる。
稲穂の恵みは日本に新たなる神々を生み出す。
水稲農業は 村・家の大切さと祖先の労苦に対する恩を考えずにはいられない。
祖先は家の守り神であり、草場の陰で見守っていてくれる存在。
祖先の恩恵を思えば、子孫への継承を怠ることはできない。
何時しか祖先は神々と崇められる。